

川崎から始まった医療の原点
玄和堂歯科診療所院長・寺師 史峰(てらし ふみたか)の祖父・寺師 睦宗(てらし ぼくそう)は、
川崎に寺師医院を開設し医師としての歩みを始めました。
往診にも自転車で奔走し、地域医療に向き合う日々を重ねたと伝えられています。
1960年には、大塚敬節先生の門に入り、漢方医学を本格的に学びました。
その後1965年、千代田区永田町に東洋堂診療所(内科・漢方)を開設します。
不妊治療への取り組みと学術発表

診療の中で不妊症と向き合うようになり、漢方による治療の可能性を追究しました。
1976年、日本東洋医学会にて「不妊・不育症の漢方治験30例」を発表。
その後も300例、500例、700例、1000例と症例報告を重ね、継続的に学術発表を行いました。
漢方医として臨床と研究の両立を貫いた姿勢がうかがえます。
銀座・玄和堂診療所の開設
1982年、中央区銀座に銀座玄和堂診療所を開設。
以後、漢方不妊治療を中心に診療を続けました。
当時の記録では、漢方治療による妊娠例が累計5,000例を超え、
最終的にはのちの玄和堂診療所の院長・寺師 碩甫(てらし りょうすけ)とともに7,000例以上に達したとされています。
数字そのものよりも、患者さま一人ひとりと向き合った年月が、この歩みを支えていました。
著作活動と社会的評価
寺師睦宗は多数の著作を残しています。
代表的なものとして:
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『不妊を治す漢方』(主婦の友社)
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『不妊が治る漢方』(主婦の友社)
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『大丈夫!不妊は漢方で治る』(主婦の友社)
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『漢方への情熱―これひとすじ四十五年』(薬事日報社)
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『腹証図解 漢方常用処方解説』(東洋学術出版社・共著)
これらは臨床経験に基づく記録であり、漢方医学を一般の方にもわかりやすく伝える試みでもありました。



また、
・朝日新聞(1988年・2000年・2009年)掲載
・慶應義塾大学医学部 客員教授就任(1994年)
・日本東洋医学会での継続的発表
・勉強会「漢方三考塾」主宰
など、学術・教育・社会活動にも広く関わりました。

医療を超えた思想
医学書のみならず、『安岡正篤「やりたいこと」を必ずやり遂げる生き方』、『最上の人生設計』など、人生観や修養に関する著作も残しています。
医療を通じて人の生き方を支えるという姿勢は、診療室の外にも広がっていました。
継承と現在
2007年に寺師碩甫へ診療が継承され、銀座の玄和堂診療所はその後も診療を続けました。
2026年、院長の年齢や体調を考慮し閉院という節目を迎えましたが、その医療への姿勢は現在も形を変えて受け継がれています。
尊敬する祖父の想いを大切に、学芸大学で歯科医療に献身してまいります。

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